大判例

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神戸地方裁判所 昭和48年(わ)467号 判決

主文

被告人を懲役四年六月に処する。

未決勾留日数二八日を右刑に算入する。

訴訟費用中、証人田野育利、同横井君子、同信川清子、同信川速人に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四一年に高等学校を卒業し、同四六年から父石田明が兵庫県西宮市内で経営する石田石油株式会社に勤務し石油販売の手伝いをしていたものであるが、同四五年春ころ、神戸市内にあるクラブ「ニユーチヤイナ」へ客として赴いた際、同クラブホステス濱田純子と知り合い、その後同クラブに足繁く通ううち同女に好意を抱くようになり、同女と肉体関係も結び、同女に対し結婚の申込みをしたり、度々金銭上の便宜を図つたりするなどして、同女と親しい交際を続けていたところ、同四八年三月一一日ころ同女から金三五万円の借用依頼を受けて承諾し、同月一三日夜、同女が当時勤めていた同市内所在のクラブ「月世界」において、同女に対し現金三五万円を手渡したものの、右金員は、被告人が両親を欺いてもらい受けたものであり、その際、両親から領収証は必ずもらつてくるように申し渡されていたため、同女に対し、同日の仕事終了後同クラブ発行名の領収証を持つて同市内のスナツク「ポツポ」に来るよう申し向けてこれを約束させ、同スナツクにおいて同女の来るのを待つていたが、翌一四日午前零時を過ぎても同女が姿を現わさなかつたため、同日午前零時四〇分ころ、近くの駐車場に預けておいた自己の自動車に乗り、同市兵庫区会下山町三丁目五番地所在の同女方に赴いたが、未だ同女が帰宅していなかつたので、同女の居室兼寝室で暫らく時を過ごした後、同所から右スナツク「ポツポ」に電話をかけたところ、依然として同女が姿を見せていないことを知つて立腹し、同室内にあつた大学ノートの一枚を破り、二度と会いたくない旨を書き記したものの、同女が同区山王町二丁目七番地清山荘ぬ号居住の姉濱田勢子方に行つているかもしれないと考え、同日午前一時過ぎころ右自動車で右清山荘に向つたが、同アパート付近の日吉橋に差しかかつた際、右純子が見知らぬ男性(前田勇)と腕を組み、姉勢子と連れ立つて歩いているのを目撃して驚愕するとともに憤激し、同女らを尾行して右勢子方に入るのを見届けたうえ、同所付近で暫時様子を窺つていたが、右純子の背信行為に対する憤怒の念を抑え難く、腹いせに純子方家屋(木造トタン葺平屋建住居兼作業場)に放火してうつ憤を晴らそうと決意し、再び右純子方に引き返し、同日午前一時五〇分ころ、施錠のない入口から同女の居室四畳間に入り、同室内のベツトの上にあつた掛布団に所携のマツチをすつて点火して放火し、右布団から右ベツト、床板等へと順次燃え移らせ、よつて現に人の住居に使用する右家屋ほか近隣の木造家屋合計七棟及び近隣の神戸市所有で神戸市立神港高等学校長管理にかかる鉄骨プレハブ製脱衣室一棟を焼燬(合計焼損面積約三二二平方メートル)したものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人等の主張に対する判断)

第一  弁護人等の主張

弁護人等の主張は多岐に亘るが、その骨子は、「第一に、昭和四八年五月一日住居侵入罪による被告人の逮捕は違法な別件逮捕であるから、被告人の司法警察職員に対する同日付供述調書(本件放火事件の自白調書)は違法収集証拠であり、その後作成された本件についての被告人の各供述調書(司法警察職員及び検察官に対する各供述調書、裁判官による勾留質問調書並びに消防吏員の質問調書)も、右五月一日付供述調書を利用して作成されたものであるから右瑕疵を承継し、違法収集証拠である。また、以上のすべての供述調書は、被告人に強制圧迫を加えて自白を強要したものであるから、いずれも任意性を有しない。よつて被告人の右各供述調書は全て証拠能力がない。さらに、本件についてのポリグラフ検査は違法な別件逮捕中に、しかも被告人の承諾なしに行われたものであるから、同様にその検査鑑定書は違法収集証拠として証拠能力を有しない。第二に、被告人には本件犯行当時アリバイがある。第三に、仮に右裁判官による勾留質問調書及び消防吏員の質問調書に証拠能力があるとしても、本件犯行と被告人を結びつける右各調書の被告人の自白は、放火の動機及び方法、客観的な出火状況の点で経験則に反し信用性がない。」

というにあるものと理解される。

第二  当裁判所の判断

一  本件捜査の概要

当裁判所が取調べた関係各証拠その他本件記録上明らかな事実によれば次の事実が認められる。

(一) 被告人が別件の住居侵入罪で逮捕されるまでの経緯

兵庫警察署浜田警部補外七名は同署で勤務中、昭和四八年三月一四日午前二時一三分ころ、神戸市兵庫区会下山町三丁目五番地付近で火災が発生したとの通報を受け(兵庫消防署においては同日午前二時一二分ころ覚知)、現場に急行したが、右火災は同所付近の木造家屋等八棟(延べ床面積約四一四平方メートル)を全・半焼及び部分焼して(合計焼損面積約三二二平方メートル)同日午前二時三七分ころ鎮火した。

同警察署では、同日直ちに火災現場付近において、出火場所及び出火原因に関する聞込み、内偵を開始したところ、右会下山町三丁目五番地大岡アパート居住者らから、同日午前二時ころ、同番地所在のブリキ職人濱田喜市方(木造平屋建トタン葺家屋で同家屋の西側約二二平方メートルは作業場、東側約九平方メートルは同人の娘で判示の濱田純子の居室兼寝室となつているもの)から火が吹き出ているのを目撃した等の情報を得て、出火場所は右濱田方と推定し、同日午前一〇時五〇分から午後三時五〇分までの間、右濱田方焼失家屋及び付近一帯につき濱田純子を立会人として実況見聞を行つたところ同女の居室は床の一部を残すのみで完全に焼失しており、他の場所に比べて焼燬の程度が著しかつたので、同居室を発火場所と断定するに至つた。

そこで、同警察署では本件火災を濱田純子に対する失火事件として捜査活動を開始することとし、同日中島巡査部長において同女を同警察署に任意同行のうえ取調べたところ、同女は本件火災当夜は友人の津田京子方に宿泊していて不在であつた旨供述したので、右津田京子から事情聴取したところ、右宿泊の事実のないことが判明した。そのため、同警察署では右濱田純子の挙動に不審を抱き、翌一五日、塚田刑事において再び同女を取調べたところ、同女は「同月一三日は午後八時から午後一一時までクラブ『月世界』で働き、閉店後姉勢子も含め友人らと飲酒した後、愛人の前田勇と一緒に姉勢子のアパート、同市同区山王町二丁目七番地所在の清山荘に寄り、その後右前田とホテル『ニユーダイヤ』に投宿した」、「前回津田京子方へ宿泊したと述べたのは、愛人の前田勇とホテルに投宿した事実を隠すためである」旨供述したので、同日古垣刑事が右濱田勢子から事情を聴取したところ、同女から「三月一三日午後一一時純子と三宮の喫茶店で待合わせ、友人ら一三名と加納町のナイトレストラン『トランパン』で飲酒した後、純子とその愛人前田勇の三人で午前二時ころ清山荘に寄り、午前三時ころまでお茶を飲んでいた」旨の右純子の供述とほぼ合致する供述を得た。さらに、同日河本巡査部長において純子の父濱田喜市から事情聴取するとともに、塚田刑事において右濱田方の焼失家屋の火災保険につき捜査したところ、濱田喜市は郵政省の災害保険に一三口加入しており、支払保険金が一三〇万円となつていることが判明したものの、本件火災の出火原因は依然として不明であつたため、その後も聞込み、内偵を続けるうち、右純子は前記前田勇のほかに被告人とも交際があり、被告人に多額の遊興費を使わせているらしいとの情報を得たので、河本巡査部長において同月二二日同女に対し三度び任意出頭を求めて取調べたところ、(1)昭和四七年深夜前田勇を自宅に案内したのを被告人に目撃され、駐車中の右前田の外車ムスタンクのタイヤをパンクさせられたことがある、(2)同年末の深夜、同女が一人で前記居室に就寝中、被告人が無断で室内に入つてきたことがある、(3)同女は被告人と交際していた三年間を通じ、合計七〇〇万円位の金額を遊興費として被告人に使わせたうえ、本件火災前夜である昭和四八年三月一三日には、クラブ『月世界』の領収証を渡す約束で被告人に金三五万円を都合させたのに、その約束を破つて前記前田勇とホテルに投宿した、(4)被告人が同月一八日同女方を訪れた際、同女に対し、三五万円の領収証を受取ることになつていた晩に同女は約束を果さなかつたので同女を探しまわつていると、同女が男と腕を組んで姉勢子方に入るところを見て腹が立ち、二人とも自動車でひき殺してやろうかと思つたと話した等の供述を得た。他方同月三〇日、塚原刑事が前田勇から事情聴取したところ、同人から濱田純子、同勢子の右各供述に合致する供述を得た。

ここにおいて、兵庫警察署は、あらたに被告人に対する放火の嫌疑を抱くに至つたが、火災当夜被告人を火災現場付近で目撃した者もなく、逮捕状を請求するに足る資料は収集できなかつた。

そこで、同年四月二五日、森警部補は濱田純子から、被告人が昭和四七年一一月中旬ころ同女方に無断で侵入した旨の供述を得て、住居侵入の被害調書を作成し、昭和四八年四月二七日水政〓富警部において、右住居侵入の嫌疑(被疑事実の要旨は「被疑者は昭和四七年一一月一四・五日の午前一時ころ神戸市兵庫区会下山町三丁目五番地ホステス濱田純子二六歳方に故なく無錠作業場出入口から奥四畳間寝室に侵入したものである」というもの)により神戸地方裁判所裁判官に対し、被告人に対する逮捕状の発付を請求し、同日その発付を得た。そして、右逮捕状により、同署司法巡査金井宏美は昭和四八年五月一日午前八時三〇分被告人方において被告人を逮捕し、同日午前九時二五分被告人を兵庫警察署へ引致した。

(二) 被告人の身柄拘束状況及び供述調書作成状況

(1) 本件火災捜査の主任担当官であつた兵庫警察署捜査係巡査部長中島勇は、被告人が同署に引致されるや直ちに金井巡査を立会筆記者として住居侵入罪につき取調を開始し、約一時間これに費やして右住居侵入についての被告人の供述調書一通(一一枚綴りのもの)を作成したが、他方、被告人を同署に引致する前の同日午前九時には、すでに、同署水政刑事一課長名によつて、被告人を濱田方への放火被疑事件の被疑者としてポリグラフ検査にかけるべく右検査依頼手続がとられており、右ポリグラフ検査は被告人の承諾を得たうえ同日午前九時四〇分から同日午後零時零分までの約二時間二〇分に亘り、同署刑事一課取調室において本件放火被疑事件の捜査主任同課警部補森勝次立会の下、兵庫県警察技術吏員濱永裕により実施され、同日午後一時三〇分には、陽性の反応が認められた旨の検査結果の回答がなされた。同日午後三時ころからは前記中島巡査部長により、被告人と濱田純子との交際状況、本件火災当夜のアリバイ等につき取調べが行われ、午後五時半ころ被告人の夕食のため取調は一旦中止されたが、その後さらに午後六時ころから午後一〇時半ないし一一時半ころまで、直接本件放火の事実につき取調べが続けられ、この間に被告人は本件放火事件を自白するに至り、同日午後一〇時半ないし一一時半ころから翌二日午前二時半ころにかけて本件放火事件の調書一通(三〇枚以上に及ぶもの)が作成された。

(2) 同月二日、同署警部水政〓富は本件放火事件に関する被告人の右自白調書を疎明資料に供して、神戸地方裁判所裁判官に対し、被告人に対する現住建造物放火罪の逮捕状の発付を請求し、同日右逮捕状の発付を得た。同日は右中島巡査部長により、午前八時ころから住居侵入罪の取調べが行われ、昼ころまでの間に住居侵入罪を被疑事実とする調書一通(被告人の身上関係のみを録取したもので五枚綴りのもの)が作成されたほかは取調はなく、午後零時二〇分には、被告人は警部補森勝次により住居侵入罪の関係で釈放を告げられ、現にその措置がとられたが、捜査官から食事を済ませて帰るように勧められ、兵庫警察署において用意された昼食を取り終えたところ、あらかじめ発付を得ていた本件放火罪の逮捕状に基づき、同日午後一時四〇分同署において逮捕され、同日午後一時五〇分ころ森勝次警部補により弁解録取書(「只今読んで聞かせてもらつたとおりです、間違いありません」と記載されている)が作成された。

(3) 同月四日午前一一時四五分ころ、本件放火罪につき、被告人は神戸地方検察庁に送致され、同庁において検察官により弁解録取書(「そのとおり間違いありません」と記載されている)が作成された後、神戸地方裁判所裁判官に対し被告人の勾留請求がなされた。その結果、同日、同裁判所裁判官により、同裁判所勾留訊問室において、被告人の勾留質問が行われ、勾留質問調書(「事実はそのとおり間違いありませんが、布団に火をつけて直ぐ外に出たので燃え上つたことは知りませんでした」と記載されている)作成のうえ、本件放火罪について勾留場所を兵庫警察署附属代用監獄と指定する勾留状が発付され、右勾留状は同日午後二時三〇分同裁判所内で執行され、同日午後二時五〇分被告人は右代用監獄に勾留された。

(4) 同月六日、兵庫消防署消防司令補向田淳は、上司の中隊長消防司令南猛から本件火災につき被告人の質問調書をとるよう指示を受け、消防吏員の制服を着用のうえ、兵庫警察署二階の刑事一課第二取調室に赴き同所において、手錠を外された被告人に対し、消防署の向田である旨並びに火災の原因及び程度を調べるので素直に言つてほしい旨を告げて、本件質問調査に入り、右調査は同日午後零時四〇分から午後二時五分まで行われ、その間に前掲の質問調書一通が作成された。なお右取調室は、刑事一課の執務室の南側奥に位置し、本件質問調査中はドアが開放された状態にあり、被告人の方からは執務中の警察官の姿が見えていたこと、本件質問調査開始の当初一〇分ないし三〇分位の間、同署警察官が一名同席していたことが認められるが、質問調査の途中で口を挟む等調査自体に関与した形跡はなく、その他、右の事実を超えて同署司法警察職員が本件質問調査に不当な影響を及ぼしたと考えられるような事実は窺われない。

(5) 同月一二日、被告人の勾留期間が一〇日間(同月二三日まで)延長され、この間に、司法警察職員に対する供述調書七通(同月九日付、同月一〇日付、同月一二日付二通、同月一五日付、同月一六日付及び同月一九日付)及び検察官に対する供述調書二通(同月一一日付及び同月二一日付)が作成されたが、いずれも本件放火の事実を自白したもの又は右自白を前提にした関係事実の供述を録取したものと推察される。

なお、同月一〇日には弁護人藤巻三郎が、同月一四日には弁護人栗坂諭が各選任されているが、右弁護人らがそれぞれ被告人と接見した際にも、被告人は本件放火の事実を認めていたものと窺える。

(6) 同月二三日、被告人は本件放火罪につき起訴され(住居侵入罪については起訴されていない)、翌二四日、本件放火の犯行後の行動及び径路などにつき、司法警察職員に対する供述調書一通が作成された後、同月二五日兵庫警察署代用監獄から神戸拘置所へ移監され、同月三一日神戸地方裁判所裁判官の保釈許可決定により保釈された。

二  被告人の各供述調書等の証拠能力

(一) 被告人の司法警察員に対する昭和四八年五月一日付供述調書(検察官請求証拠目録請求番号37)

被告人は、前記のとおり昭和四八年五月一日住居侵入罪で逮捕されたものであるが、まず、右逮捕の理由及び必要性について検討するに、

(1) 被告人は濱田純子及び同女の家族と親しい間柄であつたこと、即ち、(Ⅰ)被告人と同女との交際期間は三年に及んでおり、住居侵入の犯行日とされる昭和四七年一一月中旬までに限つてもすでに二年以上に亘つていたこと、(Ⅱ)その間両者の間には肉体関係も結ばれ結婚の話も出ていたこと、(Ⅲ)被告人は殆んど毎週同女の勤めるクラブに通いつめて同女を指名し、合計七〇〇万円を超える遊興費を使つていたほか、同女に懇請されるまま七〇万円を超える金銭の贈与もしくは貸与をしていたこと、(Ⅳ)被告人は深夜、自分の車に同女を乗せて何十回となく同女方まで送り届けていたこと(家の中にもたびたび入つている)、(Ⅴ)被告人は同女方から一〇〇メートル足らずの場所に住む同女の両親の家にもしばしば出入りし、食事を一緒にしたり、両親が面倒を見ている同女の子供を映画に連れていくなど同女の家族とも親しくなつていたこと、

(2) 同女方家屋は道路に面した西側に出入口があり、西入口のガラス戸には当初から施錠の設備がなく、また作業場と同女の寝室との境のガラス戸にも鍵がついておらず、何時でも出入りが自由であつたこと、

(3) 住居に立ち入つた当夜の状況についても、同女の居室に入つてから同女と一〇分位会話をしており、続いて右居室に現われた同女の弟ともゴルフの話をするなど平穏であつたこと、

(4) 前記逮捕状記載の住居侵入の犯行日以後においても、被告人と同女との交際は従来と同様に継続していたこと、

(5) 前記逮捕状記載の住居侵入の犯行日以後五ケ月以上もの間、同女からは何らの被害届もなされていないこと、もつとも前記のとおり昭和四八年四月二二日に至り被害調書の作成がなされてはいるが、右は本件放火事件の捜査の過程において同女が被告人との関係を問われた際、たまたま供述した事柄を調書化したにすぎないこと、

(6) 逮捕状請求時には、被告人の氏名、年令、住居、職業等は明らかになつていたこと

等の事実が右逮捕状請求の時点で認められ、以上の諸事情に照らすと、前記のような住居侵入の被疑事実については、その犯罪の嫌疑さえも極めて薄く(前記のとおり起訴もされていない)、かかる被疑事実により被告人を逮捕する理由も必要もなかつたといわざるを得ない。

次に、右住居侵入事件による逮捕についての捜査官側の意図・目的を考察するに、

(1) 捜査当局は、右の諸事情の殆んど全部を知悉していたこと(この点は本件放火事件捜査の主任担当官であつた中島巡査部長の認めるところである)

(2) 前記捜査の概要、特に五月一日の取調べ状況に照らせば、捜査当局は当初から本件放火事件で被告人を取調べその自白を得る意図・目的を有していたこと

等が認められ、以上を総合すれば、住居侵入罪による被告人の逮捕は、捜査機関において、本件たる放火事件につき未だ逮捕状を得るだけの資料がないため、すでに五ケ月以上も経過した軽微な住居無断立入りの事案を、ことさらに刑事事件として取り上げ、本件放火事件の取調べの便宜を図つたことは明らかである。

このように、未だ逮捕状を得るだけの資料がない本件(重大犯罪)を取調べる目的で、ことさらに別件(軽微な事件)の逮捕を利用する関係を別件逮捕と呼ぶが、別件自体に逮捕の理由と必要性がある場合は格別(この場合には別件と併行して本件を取調べることは一概に否定できないのであつて、本件の取調べが任意の取調べか否か、別件と本件の関連性の有無及び程度、別件につき取調べが終了しているか否か等を検討して判断すべきである)、本事案の如く、別件自体につき逮捕の理由及び必要性が認められず、専ら本件についての取調べを企図しながら、この意図を秘して逮捕状の発付を得た場合には、たとい逮捕状が発付されても、結局令状によらない逮捕とみるべきであり、かような逮捕は憲法に保障する令状主義を潜脱するものとして、他の要素を考えるまでもなく、違法な別件逮捕に該るというべきである。

そして、かかる違法な別件逮捕中に本件を取調べることは、本件についても令状主義が潜脱されたことになるから違法であり、かような取調べにより作成された供述調書は、違法な身柄拘束下において、しかも、捜査機関が積極的にそれを意図しかつ利用して採取したものであるから、適正手続に違背して収集された証拠即ち違法収集証拠として、証拠能力を有しないものと解するのが相当である。

以上の次第であるから、右五月一日付供述調書は、任意性の有無を判断するまでもなく、証拠能力がない。従つて、当裁判所は、検察官からの右供述調書の取調請求を却下したわけである。

(二) 被告人の司法警察員に対する昭和四八年五月九日付、一〇日付、一二日付二通、一五日付及び一九日付供述調書計六通並びに検察官に対する同月一一日付、二一日付供述調書計二通

被告人は、別件の住居侵入罪につき、昭和四八年五月二日午後零時二〇分に一旦釈放されたが、兵庫署から一歩も外へ出ないうちに、同日午後一時四〇分本件放火罪により再び逮捕され、同月四日勾留、同月一二日勾留延長がなされたことは前述のとおりであるが、右逮捕勾留の適否及びその間に作成された供述調書の証拠能力を検討するに、前記捜査の概要のとおり、本件の逮捕勾留の各請求の際に、違法収集証拠たる前記五月一日付供述調書が疎明資料として提出されているところ、右供述調書を除けば、本件放火事件につき被告人を逮捕勾留するだけの疎明資料が存しなかつたことは明らかである。(因みに、右供述調書以外に本件逮捕勾留請求時までに収集されていた主な証拠は、火元が濱田方であることを裏付ける近隣居住者の各供述調書及び三月二四日付実況見分調書のほかは、僅かに前記濱田純子、同勢子、前田勇の各供述調書のみであり、犯行当夜の被告人の行動を立証する目撃者らの供述調書はいずれも五月四日以降に作成されている。)

このように、違法な別件逮捕中に作成された自供調書を除けば、本件につき逮捕勾留が認められないような場合には、たとい令状の発付があつても、これに基づく本件の逮捕勾留は依然として違法な身柄拘束というべく、従つて、捜査官がかかる違法な身柄拘束状態を利用して作成した供述調書は、前同様に違法収集証拠として証拠能力を否定するのが相当である。

よつて、当裁判所は冒頭掲記の各供述調書を証拠能力なしとして、それらの取調請求を却下したわけである。

(三) 被告人の司法警察員に対する昭和四八年五月二四日付供述調書(起訴後の供述調書)

被告人が起訴されたのは同年五月二三日であるから、右五月二四日付供述調書は起訴後に作成されたものであることが明らかである。ところで、捜査機関による起訴後の(被告人の)取調は、当事者主義の訴訟構造に反しかつ被告人の防禦権を侵害するものであるから、原則として許されないが、その危険がない場合即ち、被告人が自発的に取調べを求めたとき、又は被告人が取調べ室への出頭を拒むことができること及び出頭してもいつでも退去できることを充分知つたうえで取調べに応じたときには例外的に許容されるものと解すべきであるが、本事案においては、もともと被告人は違法な身柄拘束状態のまま起訴されたのであつて、身柄拘束の違法性は公訴提起という一事によつて直ちに適法なものになるとは解しえないから、右五月二四日付供述調書は依然捜査官が違法な身柄拘束を利用して作成したものというべきである。従つて、起訴後の取調一般の問題として、例外的に許容される場合に該るか否かを検討するまでもなく(もつとも、本件において被告人が自発的に取調べを求めた形跡はなく、又、出頭拒否権、退去権を充分告知されていた形跡はない。)、前同様違法収集証拠として証拠能力を否定するのが相当である。

よつて、当裁判所は検察官からの右供述調書の取調請求も却下した次第である。

(四) ポリグラフ検査鑑定書

前記のとおり、本件ポリグラフ検査は違法な別件逮捕中に、右違法な身柄拘束状態を利用して実施されたことが認められ、又、ポリグラフ検査自体が被検査者に対する質問をもとに生理的変化を通じて現われる被検査者の心理的動揺を探知するものであり、右検査結果の反応は被検査者の供述に類似する性質を有すると解されるから、たとい本件ポリグラフ検査実施の際、被告人の承諾を得ていたとしても、右ポリグラフ検査鑑定書も、前同様に違法収集証拠としてその証拠能力を否定するのが相当で、排除すべきものである。

なお、弁護人は、検察官から第一二回公判において取調請求のあつた右鑑定書(立証趣旨は「ポリグラフ検査の結果特異反応が現われた事実」)に対し、同公判において同意しており、当裁判所もこれを刑訴法三二六条の同意書面として採用のうえ取調べを済ませたものであるが、同鑑定書は前記のような強度の違法性を有する違法収集証拠であるから、弁護人の「同意」があつたからといつて、その違法性が治癒され証拠能力を有するものと解するのは相当でない。

(五) 被告人の裁判官に対する供述調書(勾留質問調書)

本件勾留質問調書は、第一回公判期日における証拠の認否の際弁護人の同意があり、これについて被告人からの反対の意思表示もなかつたので、刑訴法三二六条の同意書面として同期日に取調べたものではあるが、弁護人は最終弁論において、右同意は過失に基づくものである旨述べたうえ、あらためて本件勾留質問調書の証拠能力を争うので検討する。

本件放火事件による被告人の逮捕勾留が違法であることは前述したとおりであるが、そのことと、勾留質問自体の適否及び勾留質問調書の証拠能力の問題とは別異に考えなければならない。なるほど、五月二日の本件逮捕が違法である以上、同月四日の勾留質問に至るまでの身柄拘束もまた違法というべきであるが、裁判官の行う勾留質問は、単に、同法六〇条一項各号の該当事由調査のために被疑事実に関する弁解等を聞くに止まらず、逮捕手続が違法か否かをも併せて審査し、もつて将来に向つて被疑者の身柄拘束を続けることの適否を審査する独自の手続であつて、捜査官の行う犯罪捜査のための取調べとは明らかにその本質を異にするものである。従つて、違法な身柄拘束中の被疑者に対して勾留質問を行うことは何ら違法ではなく、たまたま逮捕手続の瑕疵を看破しえず、そのため違法な身柄拘束状態を是正することなく勾留状を発付したとしても、勾留の裁判が準抗告審で取消されることになるのは格別、勾留質問そのものが違法となるものではない。

而して、勾留質問調書は、右のように捜査とは別個独立の手続において、裁判官に対してなされた被疑者の供述を裁判所書記官が録取した書面であるから、違法収集証拠には該らないと解するのが相当である。

又、勾留質問手続の過程についても、神戸地方裁判所においては(1)同裁判所にある令状係に受付手続をすると、同所待合室で勾留質問の順番を待つことになつているが、右待合室の壁面には勾留質問手続の説明書が提示されていること、(2)勾留質問室内で裁判官が着席する机の上には、「裁判官」と記載した三角形の表示札が常置されていること、(3)同質問室には、手錠を外された被疑者のみが入り、同行してきた捜査官の立入りは禁止されていること、(4)勾留質問中は出入口のドアを閉め、被疑者が外部の影響、特に捜査官の影響を受けないようにしていること等の事実が従来からの慣行として存し(右諸事実は当裁判所に顕著である。)、本件においても、前記勾留質問調書に任意性を疑わしめるような事情は何ら存しない。

以上の次第であるから、本件勾留質問調書は、弁護人の同意の効力如何にかかわらず同法三二二条一項により証拠能力を有するものである。

(六) 被告人の消防司令補向田淳に対する供述調書(質問調書)

消防機関の行う火災原因調査は、火災の原因及び損害を明らかにすることによつて、将来の火災予防と消防施策上の参考資料を得るという行政目的のために行われるものであり(消防法一条等参照)、犯罪の捜査とは明確にその目的を異にする。

現行法上消防吏員が特別司法警察職員とされず、又火災に関する犯罪捜査権を付与されていないのはそのためである。

ところで、「放火及び失火絶滅」は、消防機関の基本的任務であると同時に、個人の生命、身体及び財産の保護並びに犯罪の予防に当る(警察法二条)警察機関の責務でもあり、「放火及び失火絶滅」という共同目的のためには消防吏員及び警察官は互に協力しなければならない(消防法三五条の四第二項)から、現実に発生した火災が放火又は失火の疑のある場合には、相互に情報を交換し調査結果を提供し合う等、それぞれの業務に便宜を与えることはありうるが、右の協力義務は、消防吏員は消防吏員として、警察官は警察官としてその本分を守ることが前提とされているのであつて、消防吏員が右の本分を超えて警察官の権限を行使すること等を認めたものでないことは明らかであるから、右のような相互協力義務があるからといつて、直ちに、消防吏員の行う火災原因調査活動と警察官の行う犯罪捜査活動とを同一視することはできない。

従つて、消防機関が収集した資料が、後に犯罪事実立証の為めに用いられることになつた場合、右資料が適正手続に違反して収集された違法収集証拠に該るというためには、捜査官が自ら証拠収集を行うことが違法として禁止される場合に(1)捜査官がこれを潜脱する目的でことさらに消防吏員を利用して証拠収集に当らせ、その結果を積極的に犯罪捜査に流用したとか、(2)消防吏員が本来の行政目的を離れ、捜査官と一体となり積極的に犯罪捜査に当つた等特段の事情が存しなければならないと解すべきところ、なるほど本事案において、捜査官が本件放火事件について身柄拘束中の被告人を取調べて供述調書を作成することは違法として許されない場合に該当することは前述のとおりであるが、(1)被告人はすでに五月一日に本件放火事件につき相当詳細な自白をしていたのであるから、同月六日に行われた本件質問調査の段階で、捜査官がことさらに消防吏員を利用して被告人の自白を得る必要はなく、また、当初の検察官の立証計画を示す検察官請求証拠目録中にも本件質問調書は含まれていなかつたのであるから、捜査官が当初から本件放火事件立証のために消防官をして被告人の質問調査に当らせたとは考えられないこと、(2)消防司令補向田淳はその質問調査権に基づき(消防法の明文は、質問調査を含む火災原因調査を消防長又は消防署長の権限としているが、調査の性質上、現実には一般の消防職員がこれに従事する必要があるので、これらの者が消防長等の補助機関として消防機関の内部規程等によつて定められた事務分掌に従い、その指揮監督のもとに火災原因調査の実施に当つているのが通例であり、神戸市においても昭和二三年九月一日制定の同市消防局訓令甲二〇号「火災原因損害調査規程」五条で実際の調査に当る調査員の選任を規定しており、向田淳が右調査員として質問調査権を有することは明らかである。)独自の行政目的のために被告人の質問調査を行つたものであり、同人を含む消防機関において、行政目的を離れてことさらに犯罪捜査に協力した形跡は窺えない(質問調査開始時に捜査官が暫時同席していた事実はあるが、未だ捜査官と一体となつて調査に当つたとはいえない。)こと等からすれば、右にいう特段の事情はこれを認めることはできず、結局本件質問調書は違法収集証拠に該当しないといわざるを得ない。

次に、本件質問調書の任意性を検討するに、前記のとおり、本件質問調査は、消防司令補向田淳が自己の身分及び調査目的を明らかにし被告人もこれを了知のうえで行われ、五頁に亘りびつしり書き込まれた質問調書が約一時間二五分の間に作成されている事情に照らせば、被告人の方から素直に供述していたものと推測され、他方、取調方法としても、取調べ室のドアが開放され執務中の警察官の姿が見えたこと及び質問調査の開始時に警察官が同席していたこと以外には、特段の事情は認められないから、本件調書は任意性に欠けるところはないというべきである。

もつとも、被告人が五月一日本件放火につき自白した際、任意性を疑わしめる事情が存するならば、右の事情が本件質問調査においても影響を及ぼし、同調書の任意性をも疑わしめることにもなりかねないので、五月一日付供述調書の任意性につき検討を加えるに、なるほど、第二〇回公判調書中の被告人の供述部分によれば、すべての取調べを通じて最も不本意な取調べは五月一日のものであることが推測されるところではあるが、右取調べは違法な別件逮捕を利用した取調べであるというに止まり、取調べの態様そのものについて、特に任意性を疑わしめる程の事情は窺えない。即ち、

(1) 右五月一日の本件放火事件についての取調べは同日午後六時ころから翌二日の午前二時半ころまで及んだ事実は認められるが、実質的な取調べ自体は同月一日の午後一〇時半ないし一一時半までであり、その後の時間は専ら調書の作成に費されていたこと(調書の枚数は三〇枚以上に及んでいる)、被告人は一旦本件放火事件につき供述をはじめるや、自らかなり長時間に亘つて継続的な供述をしていること、右調書には被告人の供述したことがそのまま記載されていること(この点は被告人も第一六回公判で認めるところである)等に照らすと、取調時間が右のように深夜に及んだとしても、未だ自白の任意性を疑わしめるものとはいえない。

(2) 被告人は、第二〇回公判において、両手錠をはめられたまま取調べを受け、しかも、うず高く積まれた調書を示されながら、「これだけ調べがついているのだ、嘘をつくなら半年でも一年でもぶち込んでやる」と言われた旨供述し、他方、取調べに当つた中島刑事は右事実を否定しているところ、第一六回公判における任意性に関する被告人質問の劈頭に、主任弁護人から「君は放火についても一貫して被疑事実を認めているが、任意に認めたのか、意思に反して認めたのか」と尋問されたのに対し、被告人は「(放火事件に関する)第一回(第一回目の供述調書作成)の時は、私がしやべつて(警察官が)書いたものですが、二回目以降は警察官が最初のものに対して、警察官がしやべつて書いたものです」と述べ、さらに続いて同弁護人から「任意に自白したのは間違いないか」と確認されたのに対し、「自由ではありません。住居侵入で逮捕されて、それからポリグラフ検査を受け……」と述べるに止まる(もつともその後の弁護人の尋問に対し第二〇回公判での供述と同趣旨の供述をしてはいる)のであつて、第一六回公判の被告人の右供述に照らすと、第二〇回公判における被告人の右供述部分は、にわかに措信しがたい。

(3) 本件取調べの際には前記のとおりポリグラフ検査結果の回答がなされていたのであるから、第一六回公判において被告人が供述しているように、捜査官が右検査結果を被告人に告げて自白を促すこともありうるところであるが、右検査結果の回答は単に「陽性の反応が認められた」という概括的な結論のみであつて、未だ各質問毎の特異反応を示すポリグラフ検査鑑定書は作成されておらない段階であり、被告人の言い分を前提にしても、単に口頭で検査結果を告げて自白を促されたにすぎず、捜査官が検査記録を示してくわしく説明しながら自白を執拗に促す場合とは異なり、自白の任意性を疑わせるものではない。

以上の次第であるから、本件質問調書は任意性を疑わせる事情はなく、刑訴法三二二条一項により証拠能力を有するものである。

三  被告人のアリバイについて

第三、四回公判調書中の証人石田明の供述部分には、被告人の父である同証人が、昭和四八年三月一三日深夜から翌一四日にかけてのテレビ番組「俺は用心棒」を見ているとき、その終了近くの同月一四日午前一時三〇分から同四〇分までの間に被告人が帰宅したので、被告人に対し「大金を持つて行つたときは早く帰つてくるな」と言葉をかけ、領収証の件で二、三やりとりがあつた旨の記載があり、又、同人の司法警察員に対する供述調書中にも同趣旨(但し被告人の帰宅時間は同月一四日午前一時か一時一〇分ころと供述)の記載があり、第四、五回公判調書中の証人石田美子の供述部分には、被告人の母である同証人が同日風呂から上つて鏡台の前で化粧を落しているときに被告人が帰宅し、テレビのある隣室で夫の石田明が被告人に対し言葉をかけたのを聞いた旨の、また第一五回公判調書中の証人横井君子の供述部分には、西宮市内で屋台形式ラーメン屋を経営する同証人の母が同月一二日から同月一五日にかけて名古屋へ出かけていた期間、右ラーメン屋に手伝いに行つていたところ、同月一四日午前一時三〇分ころ、被告人が来店してラーメンを注文した旨の各記載がある。

しかしながら、まず右横井君子の証言を検討するに、同証人及びその母は被告人と一面識もないこと、本件放火事件後(被告人が保釈になつた後と推定できる)坂井という人が被告人を右ラーメン屋に連れてきて、同人から「この人が放火の容疑にかかつている。ラーメンを食べたといつているが本当に来たか」と尋ねられた際に、同証人の子供で小学五年生の娘から、被告人がラーメンを食べに来たことがある旨を聞いたというにすぎず、同証人が直接被告人を確認していたのではないこと、しかも被告人が来店した日が同月一四日であるとする根拠についても、単に「母が名古屋へ行つた晩と思う」(この供述が正しければ、被告人が来店したのは同月一二日ということになる)と述べるに止まるのであつて、結局、被告人が来店した日時については不明といわざるを得ない。

次に石田明、同美子の前記各供述を検討するに、弾劾証拠として取調べた同人らの検察官に対する各供述調書中には、同月一四日の被告人の帰宅時刻については記憶していない旨及び右石田明が司法警察員に対し前記のような供述をしたのは、新聞等で本件火災が発生したのは同年三月一四日午前二時ころであることをすでに知つており、親として被告人がその時間には帰宅していたと信じ込みたい一心からであつた旨の記載があり、結局、前記各供述もたやすくこれを措信しがたいうえ、昭和四八年三月一三日付読売新聞夕刊及び読売テレビ放送株式会社代表編成部長大河内菊雄作成のテレビ放送終了時刻に関する回答書によれば、同月一四日午前零時三一分から同テレビの深夜番組「俺は用心棒」が放映されていたが、同テレビの全放送終了時刻は同日午前一時三七分四〇秒であつたことが認められるから右番組はそれ以前に終了していたことになり、他方、深見安子の司法警察員に対する供述調書によれば、神戸市生田区中山手通り一丁目七八番地新お多福駐車場備付けのタイムパンチカード兼駐車料精算書に記された被告人の車両入庫時刻は同月一三日二〇時三〇分で、出庫時刻は翌一四日午前零時四三分であること、森本照子及び清水京子の前掲各供述調書によれば、被告人は同日午前一時一五分ないし二〇分ころ、前記清山荘付近で濱田純子らを尾行のうえ同所付近で約五分間佇んでいたことが認められ(時間の点を除き被告人も認めるところである)、従つて被告人が清山荘を車で立ち去つた時刻は早くとも同日午前一時二〇分ころにはなるところ、第二〇回公判調書中の被告人の供述部分によれば、清山荘濱田勢子方から帰宅する場合の所要時間は約三〇分ないし三五分であることが認められる(この所要時間は濱田純子方から帰宅する場合に要する所要時間約二五分ないし三〇分との比較により割り出されたものであり、被告人が濱田純子方から帰宅することは何十回となくあつたのだから右計算は相当程度の正確性がある)から、仮に被告人が純子方に戻らず右清山荘から直ちに帰宅したとしても早くとも同日午前一時五〇分から同五五分ころにはなる筈であり、前記テレビ放映中に帰宅することはありえないことになる。

以上の次第で、結局弁護人等主張の本件犯行当時における被告人のアリバイは成立しない。

四 前記勾留質問調書及び消防吏員の質問調書における被告人の自白の信用性

(一)  弁護人は第一に、被告人には放火する動機がない旨主張するが、前記のような過去三年間に亘る被告人と濱田純子との交際状況及び犯行当夜における同女の背信的行為に照らせば、放火の動機は充分これを認めることができる。

(二)  第二に弁護人は、濱田純子居室の西側作業場屋根のトタンが焼け残つているのに、距離的には同作業場より遠方に位置する同家屋東隣の大岡アパート西側の屋根が完全燃焼していることに着目し、本件火災の出火場所を濱田方居室とするにつき疑問を投げかけるが、付近住民である米良フジ、信川清子の司法巡査に対する各供述調書、同じく橋田政市、土田広の司法警察員に対する各供述調書、第一五回公判調査中の証人田野育利(消防官)の供述部分及び司法警察員作成の実況見分調書(特に同調書添付の焼燬の場所・程度を示す写真及び図面)によれば、出火場所が濱田純子方居室内ベッド付近であることが認められるのであつて、実況見分調書によつて認められる当夜の風向が北東であつたことを考慮に入れれば、弁護人の指摘する焼燬状況はむしろ出火元が濱田純子の居室であつたことを根拠づけるものといえる。

(三)  第三に弁護人は、被告人の放火以外にも出火原因が存しうる旨主張するので検討するに、第二、三回公判調書中の証人濱田純子の供述部分、証人濱田喜市の尋問調書、同人の司法巡査に対する供述調書及び右実況見分調書によれば、出火当夜、濱田方作業場には石油ストーブが、同居室内にはアイロン、冷蔵庫、電気アンカ、電気釜等の電気製品が置いてあつたが、ストーブは火を消し、電気製品はいずれも差込みを抜いていたことが認められ、電気製品又は石油ストーブによる失火の可能性は考えられない。又、被告人が勢子方に赴くべく一旦純子方を出た同日午前一時すぎころから、本件火災の出火時刻である同日午前二時七分までの約一時間の間に、被告人以外の何者かによつて放火されたことを疑わせるに足る形跡もない。

(四)  第四に弁護人は、マツチ一本で掛布団に点火して燃え上らせることは経験則上不可能であるから、被告人の自白は信用性がない旨主張するが、第一一回公判調書中の証人中島勇の供述部分及び当公判廷における証人金井宏美の供述によれば右の点に関する実験を行い被告人の行つた点火方法による燃上りが経験則上可能であることを確認しており、この点に関する弁護人の主張も採用しがたい。

以上の各事情に照らすと、前記勾留質問調書及び消防吏員の質問調書における被告人の自白に弁護人等主張のような信用性についての疑問をさしはさむ余地はない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は一罪として刑法一〇八条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、なお、本件犯行に至つた被告人の動機には同情の余地があるので、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で処断することとし、被告人を懲役四年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数二八日を右刑に算入し、訴訟費用中、証人田野育利、同横井君子、同信川清子、同信川速人に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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